経済学から生物学まで幅広く応用されるゲーム理論。
フォン・ノイマンやジョン・ナッシュといった天才たちが発展させたこの学問は、私たちの日常に潜む戦略的思考の本質を解き明かします。囚人のジレンマからタカハトゲームまで、複雑な意思決定の背後にある論理とは?
ゲーム理論とは何か?その基本概念
学生:ゲーム理論という言葉は聞いたことがありますが、具体的には何なのでしょうか?チェスなどで使うものですか?
先生:チェスにも応用できる可能性はありますが、一般的にボードゲームやテレビゲームの攻略に使われているわけではないんですよ。
ゲーム理論は、経済学、政治学、生物学、コンピュータサイエンス、そして哲学まで広がる、数学に基づいた学問です。
基本的な考え方は、戦略的な相互作用の状況を数値でモデル化することです。自分の結果が自分の意思決定だけでなく、他者の決断にも左右されるような複雑な状況を分析するために生まれました。例えば、企業間の価格競争や国際間の貿易交渉なんかが典型的な例ですね。

ゲーム理論の誕生:戦時中のイノベーション
学生:なるほど。いつごろ生まれたのでしょうか?
先生:ゲーム理論の起源は20世紀前半にさかのぼります。この分野の画期的な研究は、ジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンの功績とされています。彼らは1944年に『ゲームと経済行動の理論』を発表し、ゲーム理論の基礎を築きました。
学生:フォン・ノイマンといえば、コンピュータの分野で有名な天才ですよね。ニコラ・テスラのような存在として聞いたことがあります。1940年代というと、他の研究分野と比べるとかなり新しい学問なんですね。
先生:その通りです!フォン・ノイマンは数学の天才で、現代のコンピュータは彼の考案した「ノイマン型コンピュータ」の構造を基にしていますからね。面白いことに、ゲーム理論は実用的な必要性から生まれた側面もあるんです。
第二次世界大戦中、各国政府は資源配分、交渉戦略、軍事戦術など、複雑な状況での意思決定を迫られていました。ゲーム理論はこうした問題を分析するための理論的枠組みを提供したわけです。
当時は冷戦も始まりつつあり、米ソの核戦略にも応用されたという歴史もありますよ。
ナッシュ均衡 ビューティフル・マインドの功績
学生:戦争の時代に生まれた理論なんですね。その後、どのように発展してきたのでしょう?
先生:大きなマイルストーンのひとつは、1950年代にジョン・ナッシュが発表した「ナッシュ均衡」の概念です。これはゲーム理論の基本的な考え方のひとつで、経済理論や他の学問分野にも大きな影響を与えました。
ナッシュ均衡とは、他のプレイヤーの戦略が変化しないことを前提に、どのプレイヤーも一方的に戦略を変えることでペイオフ(利得)を向上させることができない状態のことです。言い換えれば、「皆が最適な選択をしている状態」とも言えますね。
学生:ナッシュ均衡…聞き覚えがあります。彼は映画「ビューティフル・マインド」でも取り上げられていましたよね?
先生:その通りです。あの映画はジョン・ナッシュと彼の仕事、そして統合失調症との闘いを描いた伝記映画ですね。ラッセル・クロウが演じていました。
映画の中でもナッシュ均衡の概念が「誰もが損をしない解決策」として描かれていたのを覚えている方も多いでしょう。
これはゲーム理論において根幹となるコンセプトで、パレート均衡とも関連する考え方です。意外にもゲーム理論を学んだという人でも、ナッシュ均衡の定義をしっかり把握していない人も少なくないので、ぜひ覚えておいてください。
実例で学ぶゲーム理論の基本モデル
囚人のジレンマ:協力と裏切りの狭間で
学生:ゲーム理論で、えっと、囚人の…なんでしたか?そういうのがありませんでしたか?
先生:「囚人のジレンマ」ですね!ほとんどの大学でゲーム理論の授業を受けると、最初の数回で必ず学ぶ基本中の基本です。初歩的かつイメージしやすい問題なので、軽くシナリオを説明しましょう。
2人の犯罪者が逮捕され、別々に取り調べを受ける状況を考えます。彼らはそれぞれ、「相手を裏切って自分が減刑される」か「沈黙を守る」か、このどちらかを選ばなければなりません。
両者にとって最適解は二人とも黙秘することですが、お互いに意思疎通ができない状況では、相手の裏切りへの恐怖から自白に走りがちです。これがナッシュ均衡の一例で、両者が一方的に戦略を変えても結果は良くなりません。
学生:興味深いですね。囚人を扱っていますが、企業行動や政治問題など色々な場面に応用できそうな話です。
先生:その通りです!実は日常生活でも囚人のジレンマ的な状況はよくあるんですよ。例えば、グループワークでの役割分担。皆が頑張れば良い成果が出ますが、自分だけサボって他の人に頼ると楽ができる…でも皆がそう考えると成果はボロボロになりますよね(笑)。
国際関係でも同様で、「軍縮」という協力戦略は国全体にとって最適ですが、相手国が軍備を続ける可能性を考えると、自国も軍備を続けてしまう…という現象も説明できるんです。
囚人のジレンマの応用例
囚人のジレンマの考え方は、以下のような様々な状況に応用できます:
- 環境問題:各国が環境規制を守ることは全体にとって最適ですが、一国だけが規制を守らないと経済的利益を得られるため、協力が難しくなります。
- マーケティング競争:企業がプロモーション費用を増やすことは、個々の企業にとっては合理的ですが、全社がそうすると費用がかさむだけで効果が相殺されます。
- 公共財の問題:誰もが税金を払わずに公共サービスを利用したいと考えると、結局サービスが維持できなくなります。
こうした問題の解決には、制度設計やインセンティブの調整が重要になってきます。
進化ゲーム理論:自然界の戦略を解き明かす
先生:もう少し踏み込んだ話をすると、1970年代から80年代にかけては「進化ゲーム理論」が登場します。これはゲーム理論の原理を生物学の進化する集団に応用したもので、動物の行動や進化といった現象を科学的にモデル化できるようになりました。
学生:それはすごいですね!経済分析や経営行動で使えるゲーム理論が生物学にも応用できるとは。
先生:進化生物学者のジョン・メイナード・スミスが進化ゲーム理論の発展に大きく貢献しました。彼は「進化的に安定な戦略(ESS)」という概念を導入したんです。
ESSとは、集団が採用した場合、競合する代替戦略に取って代わられることのない戦略のことです。動物の行動、協力、対立の力学を理解する上で極めて重要な概念で、様々な種で進化してきた生存戦略に理論的な説明を与えています。
タカハトゲーム:生存戦略の均衡点
学生:イメージが浮かびませんが、具体的にはどういうことなんですか?
先生:わかりやすい例を挙げましょう。スミスが考案した「タカハトゲーム」というモデルがあります。
このゲームは、餌などの資源をめぐって争う状況を表現しています。集団内の個体が取りうる戦略は2種類です。「タカ戦略」(攻撃的になる)と「ハト戦略」(受動的になる)です。
タカがハトに出会ったら、タカが資源を奪います。ハトがタカに出会えば、ハトは譲ります。2羽のハトが出会えば、資源を分け合います。しかし、2羽のタカが出会うと、激しい争いになり、両方が傷を負うというコストが発生します。
時間が経つと、集団内ではタカとハトの割合が安定する平衡状態に達します。これが進化的に安定な状態なんです。実際の動物社会でも、全個体が極端に攻撃的になることも、全員が極端に受動的になることもなく、ある程度のバランスが保たれていることが多いですね。





