ミッドウェー海戦 史上最大規模の海戦

ミッドウェー海戦に向かう巨大戦艦 歴史

歴史上最大の海戦とは? ミッドウェー海戦である

ミッドウェー海戦は第二次大戦中だけでなく、人類の歴史上で見ても史上最大の海戦である。

1941年12月に始まった太平洋戦争。

開戦からおよそ半年後の1942年6月に行われたこの海戦は第二次世界大戦という戦争の中においても、もちろん重要なターニングポイントとなった大海戦でもあった。

舞台となったミッドウェー島は日本から見ればハワイへの攻撃拠点ともなるしアメリカから見れば日本への攻撃拠点ともなる要所である。

こちらは2019年の映画クリップより。

Dive Bombers Attack The Japanese Aircraft Carriers Scene | MIDWAY (2019) Movie CLIP HD

なぜアメリカは日本に大勝できたのか?

アメリカが日本に勝利したのにはいくつかの要因があった。

当時の日本の海軍力は世界で二位といっても過言ではない。

最高の軍事力を持つ国家アメリカとはいえ戦力だけを比べ考えれば、ミッドウェー海戦で日本に勝ちを収めるのは簡単ではなかったはずである。

アメリカが勝った要因とは何か?

中心といえるポイントは単純な物量差や指揮や天候ではない。

afはミッドウェー 暗号解読とその利用

インテリジェンスの差であった。

アメリカはJN-25として知られる日本の海軍暗号を解読していた。

つまり、戦闘が始まる前から日本の計画を知ることができ、効果的に戦略を練り、攻撃を計画することができたのだ。

中でも鍵になったのはAFという二文字だ。

この傍受された二文字の暗号は”AF”と呼ばれる場所への日本軍の攻撃計画を示しているようだった。

このafがミッドウェーではないかと疑ったアメリカ側は、ミッドウェー島の給水が失敗したという偽のメッセージをミッドウェー島から送った。

そして日本側に予定通りこれは傍受され日本側にミッドウェーが攻撃目標と誤認させることに成功する。これによってアメリカ側の作戦の優位が確定したのである。

America’s First Code Breakers Decipher Japanese Telegrams in 1921

その他の要因

さらに、アメリカの空母戦力はこの戦いに大きな影響を与えた。

アメリカ側は日本軍より艦船の数が少なかった。それにもかかわらず、アメリカ軍は空母の力を活用することができたのだ。

空母は新しいだけでなく、甲板端にエレベーターを備え、航空機の迅速な旋回を可能にし戦いに優位性をもたらした。

戦略として米国は日本の複雑で若干硬直気味の柔軟性にかける計画を利用することで、当初優位にさえなっていた日本に逆転することができた。

日本の戦略は複数の艦隊の連携に大きく依存しており、正確なタイミングが必要だった。

米国の奇襲攻撃によって引き起こされたような混乱は壊滅的な結果を招いたのである。

以上の様にアメリカはまず諜報面で大きく優位に立ち、個別の観戦の効率性の優位性もあり、戦力を迅速で効率的に分割することが可能となった。

そのため少ない戦力で、本来真向から戦えばかなり強大であった日本の主力空母部隊に対して、効果的に攻撃を集中し勝つことが出来たのである。

ミッドウェー海戦の流れ

その経緯

ミッドウェー海戦は決して一辺倒な戦いではなく予測不可能な性質の連続である。

例えば6月4日の朝、アメリカの魚雷攻撃機は日本の空母艦隊に対して攻撃を開始した。

成功には至らず大損害を被ったにもかかわらず、この攻撃は知らず知らずのうちにその後の出来事の舞台を整えた。

日本軍はこの低空攻撃を撃退することで精一杯であったため、USSエンタープライズとUSSヨークタウンからの高高度の急降下爆撃機に対する十分な準備ができなかった。

これらの航空機は奇襲攻撃で日本の空母部隊の中心部を攻撃することができ壊滅的な損害をもたらした。

これらの攻撃のタイミングは運が良かったといえる面もあるがアメリカ側に有利に働いた。急降下爆撃機が到着したとき、日本の空母には燃料と兵器が満載されていた。

そののちにもUSSヨークタウンは甚大な損害を受け行動不能に陥ったと思われたにもかかわらず再攻撃を開始することができた。

その上、再攻撃を切り抜け日本の集中力をさらに引き離すことができた。

最終的には日本海軍の潜水艦伊168による魚雷攻撃で沈没するもののミッドウェーにおけるヨークタウンの貢献は極めて重要であった。

US aircraft carrier under attack from Japan (1943)

ミッドウェーの結果

より大きな視点から見れば、この戦いは、日本が戦争努力において直面した戦略的課題も浮き彫りにした。

日本はミッドウェーで失った経験豊富な人材と貴重で優秀な巨大軍艦を補充することができなかった。

一方、膨大な産業と人員を持つ米国は、損失を吸収し海軍力と航空兵力を増強し続けることができた。

結論としてミッドウェーでのアメリカの成功とは、以上のようなインテリジェンスの効果的活用、技術的優位性、そしてもちろん予測不可能な戦争の流れが融合した結果であったといえるだろう。

日本は大打撃を受け敗戦に向かう訳ではあるが、公平な視点から見れば当時のアメリカとここまで戦う事ができ空母ヨークタウンを撃沈まで出来る国は、当時日本以外には一切存在しなかったともいえる。

その点では十分健闘したともいえるのかもしれない。

以上、世界史上で最大の海戦、ミッドウェー海戦である。

備考

JN-25

第二次世界大戦中に日本海軍が使用した主要な暗号システム。

真珠湾攻撃でも用いられていた。

コードブックと複数暗号による超暗号化プロセスからなる複雑なシステムで、フレーズや単語を数字に置き換え、さらに数字の置き換えを行うものだった。

しかしジョゼフ・ロシュフォートとエドワード・ヘイグのJN-25暗号解読チームにより、膨大な無線通信の傍受によるパターン認識や文字頻度の分析によって、暗号表や暗号機の推定が行われ解読が成功した。

日本海軍側は運用にミスがあったりもしたが、暗号キーを頻繁に変更するなどの対策は行ってはいたようだ。

ミッドウェー海戦での日本の空母群

こちらの動画はそれら空母のミッドウェー海戦時の3DCGによる再現だそうだ。

現在のある意味で牙を抜かれたような日本にはこうした空母は存在しない。

ちなみに空母赤城は1925年から運用されていた空母だ。

空母と呼ばれるタイプの戦艦の世界でもかなり初期のものでもある。アメリカに次ぐ海軍力であった当時の日本の世界最先端の技術力の結晶ともいえる。

赤城・加賀・蒼龍・飛龍を3DCGで復活させて比較してみた【ミッドウェイ仕様】

空母赤城

空母赤城は1920年に起工し1925年に進水、1927年に竣工しました。

当初は巡洋戦艦として建造されたが、ワシントン海軍軍縮条約に基づき航空母艦に改造された空母。

最初は三段式空母として完成しましたが、その後一段全通式空母に改装されました。

赤城はアメリカ軍の急降下爆撃機による攻撃を受け、致命的な損傷を負いました。特に格納庫内での誘爆が大きな被害をもたらし最終的には沈没しました。

最近の調査では2023年9月11日にあの元マイクロソフトのポール・アレン財団が率いる深海調査船が赤城の沈没地点を発見しました。

この発見はミッドウェー海戦以来81年ぶりのものであり、赤城とその同型艦である加賀も映像で捉えられました。

USSエンタープライズ

第二次世界大戦で最も成果を出したアメリカ軍艦のひとつである。

ヨークタウン級の航空母艦であり、ミッドウェー海戦を含む太平洋戦域の様々な重要な戦闘で重要な役割を果たした。

エンタープライズの航空機は、日本が誇る巨大空母であった加賀と赤城を撃沈する役割を果たした。この艦は戦争を通じて20個の戦功を獲得した。

USSヨークタウン

同じくヨークタウン級航空母艦。珊瑚海海戦で甚大な被害を受けたにもかかわらず真珠湾での応急修理によってミッドウェー海戦に参加する。

ヨークタウンの航空機は日本の空母「蒼龍」を撃沈することに成功したが、一方でヨークタウンは日本軍機の攻撃を受け大損害を受けた。

ヨークタウンを曳航して帰港させようと試みるも、先に述べたように日本の潜水艦の魚雷攻撃を受け失敗に終わり最終的には完全に沈没することとなる。

急降下爆撃機

その精度の高さから移動する艦船に対して効果的な攻撃を行うことができたため海戦において不可欠な存在であった。

つまりは命中精度が高い爆撃機と言い換えられる。

ミッドウェー海戦ではUSSエンタープライズとUSSヨークタウンのドーントレス急降下爆撃機が日本空母赤城、加賀、蒼龍の撃沈に役割を果たしたようだ。

ちなみにドーントレスとはDon’t restなどではなくDauntlessである。不屈の、びくともしない、といった意味である。

スポンサーリンク

総合電子書籍ストア【楽天Kobo】 0 ミッドウェー海戦 史上最大規模の海戦

bgt?aid=250108956745&wid=004&eno=01&mid=s00000025230001003000&mc=1 ミッドウェー海戦 史上最大規模の海戦 0 ミッドウェー海戦 史上最大規模の海戦