現代の著名な経済学者1【クルーグマンやスティグリッツ、ジェフリー・サックスまで】

経済

現代の有名経済学者たち

ポール・クルーグマン

ポールクルーグマンは国際経済学とマクロ経済学での革新的業績により2008年にノーベル経済学賞を受賞した著名な経済学者です。プリンストン大学の教授であり『ニューヨーク・タイムズ』の人気コラムニストとしても広く知られています。

彼は貿易パターンと経済地理に関する理論で名を馳せました。特に「新貿易理論」と「新経済地理学」の発展に大きく貢献し、これらの分野に革命をもたらしました。クルーグマンの理論は生産規模の拡大(規模の経済)が国際貿易と経済集積に与える影響を明らかにしました。彼のモデルはなぜ類似した国々が貿易を行うのか、なぜ産業が特定の地域に集中する傾向があるのかを説明しています。

この新しい理論的枠組みにより伝統的な比較優位論だけでは説明できなかった現代の貿易パターンを理解できるようになりました。クルーグマンは資源や技術の違いだけでなく生産規模の大きさによっても国が競争優位を得られることを示し、戦略的貿易政策の可能性に光を当てました。

また、ニューヨーク・タイムズのコラムニストとして経済政策に関する鋭い批評で一般読者にも大きな影響を与えています。彼は緊縮財政政策を強く批判し、特に2008年の金融危機後の景気後退期には政府支出の拡大によるケインズ型の景気刺激策を擁護しました。リベラルな政治的立場から所得格差の拡大や金融部門の規制緩和、環境政策などについても積極的に発言しています。

著書『不況の経済学』や『世界大不況からの脱出』では流動性の罠やデフレ圧力に対処するための金融・財政政策を論じ、日本の「失われた10年」から教訓を導き出しています。彼の分析は学術界だけでなく政策立案者や一般市民の経済理解にも大きな影響を与えています。

クルーグマンの著書は20か国語以上に翻訳され、彼のブログ「The Conscience of a Liberal(リベラルの良心)」は経済政策議論の重要な場となっています。学術的貢献と一般向けの経済教育の両面で現代で最も影響力のある経済学者の一人と言えるでしょう。

左がクルーグマン、右がスティグリッツである

ジョセフ・スティグリッツ

ジョセフスティグリッツは情報の非対称性と市場の不完全性に関する先駆的研究により2001年にノーベル経済学賞を受賞した著名な経済学者です。コロンビア大学の教授であり世界銀行の元チーフエコノミスト(1997-2000年)として国際開発政策にも大きな影響を与えてきました。

彼の研究は情報が市場参加者間で不均等に分配されると市場がどのように失敗するかを示し、従来の完全競争市場モデルの限界を明らかにしました。スティグリッツが開発した理論は逆選択、モラルハザード、プリンシパル・エージェント問題といった市場の非効率性を分析するための枠組みを提供しています。

例えば保険市場では被保険者が自分のリスクについて保険会社よりも多くの情報を持っており(情報の非対称性)、これが高リスク顧客の過剰参入(逆選択)や保険加入後の行動変化(モラルハザード)といった市場の失敗を引き起こすことを示しました。この研究は金融市場、労働市場、医療市場など多くの分野での政策形成に影響を与えています。

スティグリッツはIMFや世界銀行が推進してきた新自由主義的経済政策(ワシントン・コンセンサス)を強く批判することでも知られています。著書『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』や『フリーフォール』では規制緩和や過度の市場原理主義が金融危機やグローバルな不平等の拡大を招いたと論じています。

特に発展途上国に対する構造調整プログラムについては一律の緊縮財政、民営化、貿易自由化などの政策が地域の実情を考慮せず、かえって貧困や社会的混乱を悪化させたと批判しています。彼は国際金融機関の改革とより公平で持続可能なグローバルな経済システムの構築を訴え続けています。

所得格差の問題にも積極的に取り組み、著書『The Price of Inequality(不平等の代償)』(2012年)ではアメリカにおける格差拡大の経済的・社会的コストを分析し、より包摂的な経済成長のための政策を提案しています。また環境問題と経済の関係にも関心を寄せ、持続可能な発展のための新たな経済指標の必要性を訴えています。

スティグリッツの業績は市場の完全性に過度に依存する新古典派経済学への重要な修正を提供し、よりバランスの取れた経済政策アプローチの理論的基盤となっています。

エリナー・オストロム

共有資源のガバナンスに関する画期的な研究により2009年にノーベル経済学賞を受賞した最初の女性経済学者です。インディアナ大学の政治学教授であったオストロムの研究は従来の経済理論の境界を越え、政治学、社会学、人類学を融合させた学際的なアプローチを特徴としています。

オストロムの最も重要な貢献は「コモンズの悲劇」として知られる問題への挑戦でした。伝統的な経済理論では共有資源(漁場、森林、灌漑システムなど)は過剰利用と劣化の運命にあり、この問題を解決するには国家による規制か私有化しかないと考えられていました。

しかし彼女の広範な実証研究は世界中の多くの地域社会が外部からの強制や私有化なしに自主的な協力と自治によって共有資源を効果的に管理していることを示しました。著書『Governing the Commons(コモンズのガバナンス)』(1990年)では長期にわたって持続可能な共有資源管理に成功したコミュニティから8つの設計原則を導き出しています。

これらの原則には明確な境界の設定、地域の条件に適合したルール、集団的意思決定への参加、効果的なモニタリング、段階的な制裁、紛争解決メカニズム、および自治権の保障などが含まれています。オストロムの研究は一元的なトップダウンの解決策よりも地域の知識と関与を活用した多中心的なアプローチの有効性を強調しています。

彼女の理論的貢献は「制度分析・発展(IAD)フレームワーク」の開発にも及び、様々な社会的ジレンマにおける制度の機能を分析するための体系的な方法を提供しました。また後年の研究では社会・生態システムの持続可能性や知識の共有財としての側面にも焦点を当てています。

オストロムの業績は経済学にとどまらず環境政策、開発学、公共行政など多くの分野に影響を与え、自己組織化されたコミュニティによる問題解決能力に新たな光を当てました。彼女の研究は市場と国家の二分法を超えたより複雑でニュアンスのある制度理解の重要性を示しています。

ジェームズ・ヘックマン

1944年生まれのアメリカの経済学者で2000年にノーベル経済学賞を受賞しました。シカゴ大学の経済学教授としてミクロ計量経済学、特に選択バイアスと自己選択の問題に対する統計的方法の開発で国際的な評価を得ています。

ヘックマンの最も重要な貢献の一つは非実験的データから因果関係を識別するための「ヘックマン修正法」(または「二段階推定法」)の開発です。この手法は調査や政策評価におけるサンプル選択バイアスの問題に対処するもので、労働経済学や開発経済学など様々な分野で広く採用されています。

例えば教育やトレーニングプログラムの効果を測定する際、プログラムに参加する人々は無作為に選ばれるわけではないため単純な比較では真の効果を把握できません。ヘックマンの方法はこうした自己選択の問題を考慮した上でより正確な評価を可能にします。

近年、ヘックマンは特に早期幼児教育と技能形成の経済学に焦点を当てています。彼の研究は認知的スキルと非認知的スキル(忍耐力、社会性、自制心など)の両方の重要性を強調し、特に生涯の早い段階での介入が最も高い投資収益率をもたらすことを示しています。

著書『Giving Kids a Fair Chance(子どもたちに公平なチャンスを)』では不利な環境にある子どもたちへの早期介入が長期的な社会的不平等の削減と経済成長の促進の両方に貢献すると主張しています。この研究は教育政策や児童福祉プログラムの設計に大きな影響を与えています。

ヘックマンの業績は単なる統計手法の開発を超え、社会政策の効果的な設計と評価のための厳密な枠組みを提供しています。彼のアプローチは政策立案者が限られた資源を最も効果的に配分し、人的資本の発展を促進するための科学的基盤となっています。

ロバート・ルーカス

シカゴ大学の経済学者であり「合理的期待理論」の先駆者として1995年にノーベル経済学賞を受賞しました。ルーカスの研究はマクロ経済学にミクロ経済学の基礎理論を統合することで1970年代以降の経済学に革命をもたらしました。

彼の最も有名な貢献は「ルーカス批判」として知られるもので伝統的なケインズ型マクロ経済モデルの根本的な欠陥を指摘しました。ルーカスは経済主体が合理的に期待を形成し、利用可能な情報に基づいて最適な決定を下すと仮定しました。この観点から人々の期待の変化を考慮せずに過去のデータの単純な相関関係だけに基づいて経済政策の効果を予測することは不可能だと主張しました。

例えば拡張的な金融政策が過去に経済成長を刺激したとしても人々がこのパターンを学習しインフレ期待を調整すれば同じ政策の将来の効果は減少するというわけです。このルーカス批判はマクロ経済モデルが政策変更に対して「ルーカス批判に耐える」(批判に耐える)必要があるという考え方を生み出しました。

ルーカスのアプローチは「実物的景気循環理論」と「新古典派マクロ経済学」の発展に道を開き、これらは現在のマクロ経済学の主流となっています。彼の研究は中央銀行のインフレ目標政策や信頼性と時間的一貫性を重視する金融政策の設計など現代の経済政策に大きな影響を与えています。

また「ルーカスのパズル」として知られる先進国と発展途上国の間の資本流動が理論の予測よりもはるかに小さいという観察や「ルーカスの木」モデルと呼ばれる経済成長と人的資本の関係に関する研究も重要な貢献です。

ルーカスの合理的期待革命はマクロ経済学を根本的に変え、政策分析においてミクロ的基礎と期待形成の役割を強調する新しいパラダイムを確立しました。彼の業績は経済学が科学的厳密さを高めより深い理論的基盤を持つようになる過程で決定的な役割を果たしました。

ジョン・B・テイラー

スタンフォード大学の経済学教授であり金融政策と国際マクロ経済学への貢献で広く知られています。特に「テイラー・ルール」の策定者として有名でこの原則は現代の中央銀行政策の基礎となっています。

テイラールールについてジョン・テイラー本人が語っている

1993年に発表されたテイラー・ルールは中央銀行が政策金利をどのように設定すべきかについての単純かつ効果的な指針を提供します。この公式によれば中央銀行は以下の要素に基づいて金利を調整すべきです。

  1. インフレ率がターゲットを上回っている場合、金利を引き上げる
  2. 実質GDPが潜在GDPを下回っている場合(アウトプット・ギャップが負の場合)、金利を引き下げる

この単純な原則は米国連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)など世界中の主要中央銀行の政策決定の基礎となっています。テイラー・ルールの影響力は世界的な金融政策が「ルールに基づいた」アプローチに移行する上で重要な役割を果たしました。

テイラーの研究はまた「価格・賃金の硬直性」や「契約の重複性」などの概念を通じてマクロ経済モデルに現実的なミクロ的基礎を組み込む方法を示しました。彼の「スタッガード契約モデル」は名目価格の硬直性が実体経済にどのように影響するかを分析するための重要なツールとなっています。

著書『Getting Off Track(軌道を外れて)』ではFRBが適切なテイラー・ルールから逸脱し、過度に低い金利を維持したことが住宅バブルを助長したと論じています。また『First Principles(第一原則)』では経済成長と安定のための政策基盤として予測可能なルールベースの政策の重要性を強調しています。

2001年から2005年にかけてブッシュ政権下で財務次官を務めた経験も含め、テイラーは学術界と政策立案の架け橋として機能してきました。彼の研究と政策提言はインフレの安定化と深刻な景気後退の防止という点で世界の金融政策に長期的な影響を与え続けています。

リチャード・ターラー

シカゴ大学の経済学者で行動経済学分野の中心人物として2017年にノーベル経済学賞を受賞しました。ターラーの研究は伝統的な経済理論の仮定に挑戦し、実際の人間の行動がしばしば「合理的経済人」の仮定から逸脱することを示しています。

彼の最も重要な貢献の一つは人間の意思決定における認知バイアスと限定合理性の体系的研究です。ターラーは「心理的会計」という概念を開発し、人々が異なる心理的カテゴリーにお金を分類し、各カテゴリー内での意思決定が必ずしも一貫していないことを示しました。例えば多くの人は高金利のクレジットカード債務を抱えながら同時に低金利の貯蓄口座にお金を保有するという「非合理的」な行動をとります。

またダニエル・カーネマンやエイモス・トベルスキーとの共同研究で「所有効果」(すでに所有しているものを過大評価する傾向)や「現状維持バイアス」(変化よりも現状を好む傾向)などの行動パターンを特定しました。これらの研究は金融市場の異常現象を説明する「行動ファイナンス」という新しい研究分野の基礎を築きました。

ターラーの最も広く知られた貢献はキャス・サンスティーンとの共著『Nudge(ナッジ)』(2008年)で提案された「リバタリアン・パターナリズム」の概念です。この考え方は人々の選択の自由を制限することなくより良い決断を促すように選択アーキテクチャ(選択肢が提示される方法)を設計できるというものです。例えば企業の年金制度への自動加入(オプトアウト可能)は従業員の選択の自由を維持しながら貯蓄率を大幅に向上させることができます。

この「ナッジ」理論はアメリカのオバマ政権やイギリスのキャメロン政権など世界中の政府に採用され「ナッジ・ユニット」が設立されて政策設計に行動科学の知見を活用するようになりました。これにより公衆衛生、税務コンプライアンス、エネルギー節約など様々な分野での政策効果が向上しています。

ターラーの業績は経済学に心理学的洞察を統合しより現実的な人間行動モデルを構築する上で極めて重要な役割を果たしました。彼の研究は金融規制、年金政策、健康保険制度など多くの政策分野に影響を与え続けています。

ジェフリー・サックス

ジェフリー・サックスは持続可能な開発と貧困削減に関する研究で知られる著名なアメリカの経済学者です。1954年生まれで現在はコロンビア大学の教授であり同大学の地球研究所所長を務めています。

元ソビエトの国々や発展途上国などの様々な政府や国際機関のアドバイザーを務め世界の貧困、健康、経済開発問題に取り組むための見識や戦略を提供しています。1980年代後半から1990年代にかけてボリビア、ポーランド、ロシアなどでの「ショック療法」による経済改革に関わり計画経済から市場経済への移行を指導しました。

特にミレニアム開発目標(MDGs)の提唱や極度の貧困を撲滅するための戦略の開発・推進における役割で知られています。国連のミレニアムプロジェクトの責任者として持続可能な開発目標(SDGs)の策定にも貢献しました。

経済学、公衆衛生、環境の持続可能性との接点に焦点を当てることが多く途上国の経済改革、グローバリゼーション、気候変動の課題などについても幅広く執筆しています。彼の研究は経済開発、貧困削減、環境持続可能性の間の相互関連性を強調しています。

サックスは持続可能な開発の実践を提唱し健康と教育への投資を通じてグローバルな貧困を解消することを強く支持しています。彼の著書『貧困の終焉』では適切な政策と投資があれば極度の貧困を世界的に根絶できると主張しています。また『Common Wealth』や『The Age of Sustainable Development』など持続可能な開発と気候変動対策の重要性を訴える著書も執筆しています。

近年はSDGsの実践、地球環境問題などグローバルな持続可能性に関する活動に力を入れており政策立案者と一般市民の両方に向けた啓発活動を続けています。

教育危機について語るジェフリー・サックス

アンガス・ディートン

スコットランド生まれの経済学者でプリンストン大学の名誉教授として消費、福祉、貧困測定に関する先駆的研究により2015年にノーベル経済学賞を受賞しました。

ディートンの最も重要な貢献の一つは家計消費パターンの分析手法の開発です。彼は「準理想的需要システム(Almost Ideal Demand System)」と呼ばれるモデルを開発し、これは現在も消費者行動の研究における標準的なツールとなっています。このモデルを使用することで所得や価格の変化が異なる商品への支出に与える影響をより正確に分析できるようになりました。

またディートンは個票データ(ミクロデータ)を用いた消費・福祉測定の方法論においても先駆的な役割を果たしました。彼の研究は単純な平均値や集計データだけでは捉えられない個人間・地域間の不平等の実態を把握するためのより精密な方法を提供しています。

著書『The Great Escape(大脱出)』(2013年)では過去250年間の世界の健康と富の改善を歴史的に分析し、多くの人々が病気と貧困から「脱出」した過程と依然として残る格差について考察しています。この著作はグローバルな開発と不平等の議論に重要な貢献をしました。

ディートンは国際的な貧困測定の改善にも大きく貢献しています。彼の研究は世界銀行などの国際機関による貧困測定手法の開発に影響を与え、特に購買力平価(PPP)を用いた国際比較の方法論の精緻化に貢献しました。

近年の研究では「絶望の死」(Deaths of Despair)と呼ばれる現象に注目しています。アン・ケース教授との共同研究でアメリカの白人中年層における薬物過剰摂取、アルコール関連肝疾患、自殺による死亡率の上昇を分析し、これが経済的機会の減少や社会的つながりの弱体化と関連していることを示しました。

ディートンの研究アプローチは理論的厳密さと実証的現実性の両立を特徴としており、彼の業績は開発経済学、ミクロ経済学、計量経済学の分野に根本的な貢献をしています。彼の研究は貧困削減と経済発展に関する政策立案に科学的基盤を提供し続けています。

ケネス・ロゴフ

ケネス・ロゴフはアメリカの経済学者で国際経済学と経済史の研究で知られるチェスのグランドマスターです。1953年生まれで現在はハーバード大学の教授を務めています。

カルメン・ラインハートとの共同研究、特に『This Time Is Different』(邦題:『国家は破綻する』)は金融危機の歴史とメカニズムを理解する上で極めて重要です。この著書では800年以上にわたる66カ国の金融危機のデータを分析し債務危機、銀行危機、通貨危機のパターンを特定しています。彼らの研究は過去の教訓を無視して「今回は違う」と考える危険性を警告しています。

チェスマスターであり著名経済学者でもあるケネス・ロゴフ

ロゴフの貢献は金融危機だけにとどまらず為替レートや金融政策などマクロ経済学のさまざまな側面に及んでいます。彼の「新しい開放経済マクロ経済学」へのアプローチは国際マクロ経済学の理解を大きく進展させました。

彼の専門知識は世界金融の安定に関する政策や議論の形成に影響力を持ち経済学と公共政策の相互作用に関する分析で高く評価されています。国際通貨基金(IMF)のチーフ・エコノミストを務めるなど政策立案の経験も豊富です。

近年はデジタル通貨と中央銀行のデジタル通貨(CBDC)の役割、現金の将来に関する研究で注目を集めています。彼の著書『The Curse of Cash』では大額紙幣の段階的廃止と電子支払いシステムへの移行を提案しています。

ロゴフは若い頃にはチェスのグランドマスターとしても活躍しこの経験が彼の戦略的思考と問題解決能力に影響を与えたと言われています。彼の研究とポリシーアドバイスは金融政策、国際金融アーキテクチャ、金融危機の防止と管理に関する現代の思考に大きな影響を与えています。

カルメン・ラインハート

ハーバード大学ケネディスクールの教授であり国際金融とマクロ経済学の専門家として広く知られています。2020年には世界銀行のチーフエコノミストに就任し、国際経済政策の形成に直接影響を与える立場にあります。

キューバに生まれ若くしてアメリカに移住したラインハートはソブリン債務、銀行危機、資本フローに関する研究で国際的な評価を得ています。彼女のキャリアは学術界だけでなくベア・スターンズのチーフエコノミストやIMFの上級顧問など民間部門と公共部門の両方での経験を含んでいます。

既に上で紹介したケネス・ロゴフとの共著『This Time Is Different: Eight Centuries of Financial Folly(今回は違う:金融危機の800年)』(2009年)は金融危機の包括的な歴史的分析を提供し、金融史研究の古典となりました。この著書では66カ国における800年分の金融危機データを収集・分析し、危機のパターンと予兆を特定しました。彼らの研究は高水準の債務が金融システムの脆弱性と経済成長の鈍化に関連していることを実証的に示しています。

ラインハートの研究は新興国市場の債務問題にも大きく焦点を当てています。彼女は「債務不耐性(debt intolerance)」という概念を開発し、新興市場経済が先進国よりもはるかに低い債務水準でデフォルトリスクに直面することがある理由を説明しました。また「秘密の債務(hidden debts)」の問題も指摘し、特に中国からの借入が途上国の債務状況の透明性を複雑にしていることを研究しています。

2008年の世界金融危機に関する彼女の分析は特に注目されました。危機前に発表した論文「Is the 2007 U.S. Sub-Prime Financial Crisis So Different?(2007年の米国サブプライム金融危機はそれほど異なるのか?)」では当時の住宅市場の状況が過去の金融危機の前兆と類似していることを警告していました。

危機後の研究では「金融抑圧(financial repression)」の概念を再評価し、高水準の公的債務を管理するために政府が金融システムに介入する様々な方法を分析しました。この研究は量的緩和などの非伝統的金融政策の理解に貢献しています。

ラインハートの業績は国際金融システムの脆弱性と強靭性に関する理解を深め、危機予防と管理のための政策立案に重要な示唆を提供しています。彼女の研究は歴史的パターンから学ぶことの重要性を強調し「今回は違う」という危険な思い込みに対する警告となっています。

また、世界銀行のチーフエコノミストとしての役割としては新興国・発展途上国の債務持続可能性の課題に特に焦点を当て活躍しています。