英国の行政システムとそのトリビア
今回は議会民主主義の代表国である英国の行政システムについて。
有名なのでご存じの方も多いかもしれないが英国の特徴は成文憲法がないことだ。ではどうするのか。具体的な単一の文書に集約されるのではなく、制定法、条約、裁判所の判決、条約、王室特権でルールは構成される。
長い伝統と高い自由度を持つこの慣習により、イギリスは多くの世界政府の中でも特異な柔軟性と時代に合わせての進化をもたらす。
英国の行政は「ウェストミンスター・システム」と呼ばれる議会制を採用している。これは世界中の民主主義国家、特にかつて大英帝国の一部または植民地であった国々や日本で採用されており、英国の行政慣行が広範囲に影響を及ぼしていることを示している。
そして議会主権の原則は、議会が最高法規機関であり、いかなる法律も制定・廃止できることを意味する。成文憲法に最高権力が存在する立憲主権国家とは一線を画す、英国行政制度の重要な特徴である。
下院議長の役割は議論を主宰する公平な人物である。討論中の秩序を維持し、発言者を決定し、下院の規則を確実に守る上で重要である。
Order!こちらはジョン・バーコーによるオーダーの発言集。ドイツの公共放送ARDによる編集だ。
首相は下院の信任を最も得やすい政治指導者が就任する役職である。明確に設置されたというよりも、時代とともに発展してきた役職だ。
英国の行政は内閣政府によって定義され、行政権は多くの場合議会から選出された議員で構成される内閣が握る。閣議は集団的意思決定の場として機能しているが、内閣の権力は首相の指導スタイルによって基本的には導かれる。
英国議会の上院である貴族院。こちらは選挙で選ばれた議員ではない。一般に法案を詳細に審査することによって、選挙で選ばれた下院を補完する役割を果たし、行政にチェック・アンド・バランスを提供する改正議院としての役割を果たしていると考えられている。
君主(現在のチャールズ3世)の役割は、主に儀式的なものである。
しかし国会の各会期の開会と閉会、枢密院を通じた命令や布告の承認、閣僚の任命と解任といった重要な機能も含まれている。ユーラシアの反対の島国である日本も これを模したルールを採用している。
「法定文書」と呼ばれる仕組みがあり、議会が新たな法律を可決することなく法律の改正や発効を行うことができる。
選挙方式は、政党の比例代表制を十分に反映していないと批判されることも多いが、シンプルで明確な多数派を生み出しやすいという点では称賛されている。
政府の法律問題は、王室と内閣に法律問題を助言する王室法官(Law Officers of the Crown)によって処理される。このグループには検事総長(Attorney General)と法務総長(Solicitor General)が含まれ、英国政権内の法律と政治の専門知識の融合を際立たせている。
英国の国家安全保障会議は、国家安全保障、国際関係、防衛、サイバー作戦に影響する問題について集団で議論する場として設置され、現代の安全保障上の課題に対する英政権の対応を例証している。
英政権における「シャドウ・キャビネット(影の内閣)」の概念は、主要野党が政府の各メンバーの仕事を精査することを可能にするもので、これは政府を牽制し、野党が選挙で勝利した場合に政権に就く準備を整えるための慣行である。
ブラックロッド
ブラック・ロッドは貴族院の役職である。正式名称は「ブラック・ロッドのアッシャー紳士」または「ブラック・ロッドのアッシャー婦人」。その役割はなんと1350年にさかのぼる。
議会開会式で重要な役割を果たし、貴族院から下院に送られ女王の演説を聞くために国会議員を召喚するのだ。下院のメッセージ伝達、議会招集を行う王の使者の名残である。
有名な開会の儀礼では毎年国会の開会式で下院のドアを叩く。これは一筋縄ではいかない。下院の独立の象徴としてノックを3回しなければ入れないというしきたりがあるのだ。
こちらはそのブラック・ロッドが議長を招集するシーン。あくまで儀式なので後半は笑いが起きている。
官僚機構 英国の行政の中心ホワイトホール
ホワイトホール(Whitehall)は、ロンドンの同名の道路沿いの建物に政府部門と公務員が集中していることから中央政府の代名詞とされる。ここは英国行政の中心的な動脈であり政府の実務の多くがここで行われている。
政治的に中立であることで知られる英国公務員は、どの政党が政権を握っているかにかかわらず、時の政府を行政的にサポートし、国家の継続性と機能を保証している。
英国の官僚機構は大統領が変わると人員が大きく変わるようなアメリカとは異なる。これは政治的な配慮ではなく非政治的で専門的な公務員という伝統による。
それぞれの政権にまたがる行政の継続性と公平性を保証する。階層構造に従っており、省庁のトップに立つ職員が意思決定権を持ち、それが階層を越えて連鎖していく仕組みになっている。
ちなみにホワイトホールというこの官庁街の土地の歴史を遡れば、かつてはホワイトホール宮殿というヘンリー8世などが住んでいた王宮があったのだ。ただしそれは1698年に火災で焼失してしまった。
また議会前に銅像が立つクロムウェル。彼ににより行われたチャールズ1世の処刑もこのホワイトホールでの出来事であった。
まだまだある 英国行政のトリビア
連合王国を構成するスコットランド、ウェールズ、北アイルランドの分権行政府について。こちらはこちらでそれぞれ独自の議会または議会と政府を持つ。医療や教育など特定の分野で権力を行使しており部分的な分権化がなされている。
英国政権によるロイヤル・コミッションの利用は、特定の問題に対するその場限りの独立した公的調査である。ここ数十年はあまり利用されなくなったが、それでも英国政権が公共の関心事を調査する方法の重要な一部を形成している。
「英国女王陛下の財務省」は、しばしば単純に大蔵省(Exchequer)として知られる。政府の財政政策と経済政策の立案と執行を担当する政府部門であり、英国国家運営全般の要である。
各政府省庁に、その省庁の最も上級の公務員である事務次官(Permanent Secretary)が任命される。彼らは省庁が効果的に運営され政策目標が達成されるように担当公務員としての厳格な責任を負うプロフェッショナルである。
議会オンブズマンや医療サービス・オンブズマンといった英国政権のオンブズマン制度は、政府部門を含む公共サービスに対する苦情を公平に調査することを可能にし、制度に組み込まれたチェック・アンド・バランスを強化している。
備考
ウェストミンスター制度
イギリスの政治をモデルとした民主的な議会制度である。この制度の特徴は国家元首(君主または大統領)と政府首脳(首相)が別に存在することである。
首相は通常、議会の多数党の党首であり、行政府を指揮する。主に儀礼的な国家元首と、行政機能と立法機能がある程度融合した議会制度を特徴とする。
ウェストミンスター体制では「責任ある政府」の原則が重要であり、行政府は立法府に対して説明責任を負い、不信任決議によって罷免されることがある。
イギリスの下院議長
下院の超党派の議長。下院議長は討論中の秩序を維持し、発言者を決定し、下院規則が守られるようにする責任を負う。選出後は公平性を確保するため、所属政党との関係を一切断つことが求められる。
議長は討論には参加せず、同数の場合にのみ投票する。この場合、議長の投票は通常、確立された判例や慣例に従って行われる。
英国王室委員会(Royal Commission)
特定の問題についての大規模なその場限りの正式な公的調査である。王室委員会は他の公的調査とは異なり、通常、最も複雑で微妙な問題に限定される。
政府の助言に基づき君主によって設置され、多くの場合、証人の召喚、宣誓の下での証拠の取調べ、文書の提出の強制など、かなりの権限を持つ。その調査結果は報告書にまとめられ、その報告書には立法や政策の変更に関する勧告が含まれることもある。
英国の議会オンブズマン
正式にはPHSO(Parliamentary and Health Service Ombudsman)と呼ばれる。この組織は公共サービスの提供における行政不行き届きに関する国民からの苦情を調査する。政府省庁が提供するものや国民保健サービスなど、幅広い公共サービスを対象としている。
具体的には一般市民から苦情が寄せられた後に調査を行うことができ、通常、苦情申立人がサービス提供者に対して他のあらゆる救済手段を尽くした後の最後の手段として機能する。
オンブズマン事務所は、報告書と勧告を出すことはできるが、その決定を強制することはできない。
医療サービス・オンブズマン(Medical Services Ombudsman)
独立した組織ではなく、英国の議会・医療サービス・オンブズマン(Parliamentary and Health Service Ombudsman)の権限下にある。
具体的には国民保健サービス(NHS)に関する苦情の処理を担当している。情報の非対称性により不利になりがちなクライアント側である患者の医療を公平に守る機関である。
ただの名前だけの組織ではなく、実際にオンブズマンの調査の結果、問題解決のためにサービス提供者がとるべき措置が勧告されることがある。その内容は、謝罪の表明から、今後同様の事態が発生しないよう方針や手順を変更することまで多岐にわたる。
もちろん特定のケースでは補償のための勧告を行うこともできる。医療の質の担保のために欠かせない実効力のある機関である。
王立軍法会議
最後にこちらも書いておきたい。イギリスにおいて軍法会議は2006年より常設の機関である。
その名の通り英国軍が軍法に反する犯罪を裁くために使用する軍事裁判所である。軍法会議は軍隊の全隊員を管轄し、軽微な懲戒事項から殺人のような重大犯罪まで、さまざまな犯罪を扱うことができる。
軍法会議の審理は法務官(Judge Advocate)と、文民裁判における陪審と同様の機能を持つ軍将校で構成される委員会が主宰する。軍法会議には独自の規則と手続きがあるが、英国の民間裁判所の原則と慣行にできるだけ沿うことを目指している。
イギリスの上院と下院の違い一覧
以下は英国の上院下院、つまりは貴族院と庶民院の違い一覧である。
| 項目 | 上院 (貴族院) | 下院 (庶民院) |
|---|---|---|
| 1. 構成 | 貴族や主教から構成される | 選挙で選ばれた議員から構成される |
| 2. 任期 | 終身制 | 5年(解散あり) |
| 3. 議席数 | 約800席 | 650席 |
| 4. 選出方法 | 任命制(世襲や任命) | 普通選挙による選出 |
| 5. 権限 | 法案の審議、修正、拒否が可能 | 法案の提案、予算案の承認が必要 |
| 6. 政治的影響力 | 限定的(下院に比べて) | 高い(政府の形成に直接関与) |
| 7. 立法権 | 法案を修正・拒否できるが、下院の決定に従うことが多い | 立法権を持ち、最終的な決定権を持つ |
| 8. 政党の影響 | 政党の影響は少ない | 政党の影響が強い(与党と野党) |
| 9. 役割 | 政策のチェック機能 | 政府の監視と政策の実行 |
| 10. 公聴会 | 公聴会を開催することができる | 公聴会を開催し、証人を呼ぶことができる |
| 11. 予算権 | 予算案に対する権限は制限されている | 予算案の提出と承認が必要 |
| 12. 政治的安定性 | 政治的安定性が高い(任命制のため) | 政治的変動が多い(選挙による) |
| 13. 代表性 | 国民を直接代表しない | 国民を直接代表する |
| 14. 役職 | 議長は貴族から選ばれる | 議長は下院議員から選ばれる |
| 15. 歴史的背景 | 中世からの伝統を持つ | 17世紀以降に発展した民主的機関 |
保守党と労働党の政策の違いは? イギリスの政党比較
保守党と労働党の違いについても表でまとめてみた。
自由民主党についても第3党でキャスティングボートを握ることのある重要な党なのでまとめてどうぞ。
| 項目 | 保守党 | 労働党 | 自由民主党 |
|---|---|---|---|
| 政治的立場 | 右派、保守的 | 中道左派、社会民主主義 | 中道、自由主義 |
| 経済政策 | 減税と規制緩和を重視し、自由市場を支持。企業の競争力を高める政策を推進。 | 公共サービスへの投資を重視し、富の再分配を目指す。教育や医療への投資を強調。 | 経済の自由と社会的公正のバランスを取る。中小企業の支援を重視。 |
| 社会政策 | 社会的保守主義を支持し、伝統的価値観を重視。家族の価値を強調。 | 社会的平等を重視し、LGBTQ+の権利を支持。人権の保護を強調。 | 個人の自由と権利を重視し、社会的多様性を支持。移民の権利を擁護。 |
| 環境政策 | 環境問題への取り組みは遅れがちで、経済成長を優先。化石燃料の利用を続ける傾向。 | 環境保護を重視し、持続可能な開発を推進。特に再生可能エネルギーの導入を強調。 | 環境問題に積極的で、再生可能エネルギーを支持。特に2050年までのカーボンニュートラルを目指す。 |
| 外交政策 | 国益を重視し、アメリカとの関係を強化。貿易協定の推進を重視。 | 国際協力を重視し、EUとの関係を重視。特に国際的な問題への関与を強調。 | 多国間主義を支持し、国際的な問題に積極的に関与。人道的支援を重視。 |
| 移民政策 | 厳格な移民管理を支持し、国境の安全を重視。不法移民の排除を強調。 | 移民の権利を支持し、社会統合を促進。移民の教育と雇用機会を強調。 | 移民の受け入れを支持し、多様性を重視。特に技能移民の受け入れを推進。 |
| 教育政策 | 教育の選択肢を増やし、私立学校を支持。特にチャータースクールの拡大を重視。 | 公共教育への投資を重視し、教育の平等を目指す。教育資金の増加を提案。 | 教育の質を向上させるための改革を支持。特に大学の無償化を提案。 |
| 社会保障政策 | NHSの資金調達を見直し、民間の関与を増やす。特に民間医療の利用を促進。 | NHSの資金を増やし、公共サービスを強化。医療従事者の待遇改善を提案。 | NHSの改革を支持し、効率性を重視。特にデジタル化を推進。 |
| 税制 | 減税を提唱し、企業の競争力を高める。特に法人税の引き下げを提案。 | 高所得者への増税を提案し、公共サービスを充実。富裕層への課税強化を目指す。 | 税制改革を提案し、富の再分配を目指す。消費税の見直しを提案。 |
| 労働政策 | 労働市場の柔軟性を重視し、労働者の権利を制限する傾向。特にゼロアワー契約の拡大を支持。 | 労働者の権利を強化し、労働組合を支持。最低賃金の引き上げを提案。 | 労働者の権利を保護し、労働条件の改善を目指す。特に労働時間の短縮を提案。 |
| 党の歴史 | 1834年に設立され、長い歴史を持つ。戦後の福祉国家の形成に寄与。 | 1900年に設立され、労働者の権利を代表。1945年の労働党政権での改革が有名。 | 1988年に設立され、リベラルな価値観を持つ。特に選挙制度改革を提案。 |
| 主要な支持基盤 | 中産階級とビジネス界。地方の保守的な有権者を支持。 | 労働者階級と公共サービス従事者。特に都市部の労働者を支持。 | 知識層と都市部の有権者。若年層や教育を重視する層を支持。 |





