全米ライフル協会(NRA)とは?
全米ライフル協会(NRA)は、アメリカ市民が武器を保持し持つ権利を保証する憲法修正第2条の権利の保護と促進を目的とする、アメリカ合衆国の著名な支持団体である。
やっとドイツが統一の頃というかなり昔の1871年に設立されたNRA。
そもそも当初は射撃技術の向上と銃器の安全性の推進に重点を置いていた団体である。
しかし、20世紀を通じて特にここ数十年、その使命は銃の権利の政治的擁護を含むように大きく拡大した。
NRAは、ロビー活動、有権者の動員、広報活動を通じて、アメリカの政治に大きな影響力を持つことで知られている。
銃の安全性に関する教育プログラム、射撃訓練など、法的擁護活動以外にもかなり幅広い活動を行っている。というか先述の通りそちらが昔は主な活動であった。
特に話題になる政治支援については銃の権利に対する支持に基づいて政治家を評価し、政治的勝利基金(Political Victory Fund)を通じてキャンペーンに寄付している。
歴史的に、銃の権利を擁護し、銃規制策に反対する政治家候補を支援してきた。共和党の候補者を支持することが多いが、その支持は党派よりも銃の権利に関する候補者のスタンスに基づいている。
支持を受けた著名な大統領としては第40代大統領のレーガン、第43代大統領ジョージWブッシュ、第45代大統領のトランプが挙げられるだろう。
支援者については全米ライフル協会は一般市民から著名人まで数百万人の会員がいると主張している。全員が銃の権利を支持することで団結している形だ。
そしてもちろん銃器メーカーも支援者だ。
銃器メーカーの中にはNRAとパートナーシップを結んだり、NRAへの支援を表明するだけでなくさまざまなプログラムや資金調達活動を通じて財政的に貢献している。
そして保守派団体とリバタリアン団体。彼らは憲法修正第2条の問題に関してNRAと連携し、アドボカシー活動や政策活動を通じてNRAの活動を支援しているといえる。
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反対している側はもちろん銃規制を主張する団体や、銃暴力に対処するために銃規制の強化を主張する個人である。NRAに反対する最も著名な団体には次のようなものがある:
エブリタウン・フォー・ガン・セーフティ (Everytown for Gun Safety)
銃暴力をなくし、より安全な地域社会を築くために政策帝拳から草の根運動の支援、銃器メーカーに対する訴訟も積極的に行っている。
ギフォーズ・ロー・センター・トゥ・ブリヴェント・ガンバイオレンス(Giffords Law Center to Prevent Gun Violence)
元下院議員で銃撃事件に彼女自身があったガブリエル・ギフォーズと夫のマーク・ケリーによって設立され、アドボカシー活動、公共政策、研究を通じて銃暴力から人命を守ることに注力している。
州レベルでの銃規制法のモデル法案を作成し各州に普及を図るなどしている。
マーチ・フォー・アワ・ライブス(March for Our Lives)
パークランドの学校での銃乱射事件をきっかけに学生たちによって設立された団体だ。州および連邦レベルで包括的な銃の安全に関する法律を提唱している。
銃規制の変遷 修正2条?ブレイディ法?
米国における銃規制は、州や連邦レベルで法律や政策が大きく異なり非常に論争が多い問題だ。
以下では銃規制に関連する重要な法律や政策を関連する事例や事件とともに紹介する。
憲法修正第2条 民兵と銃器に関する憲法条項
合衆国憲法修正第2条、「よく統制された民兵は、自由な国家の安全にとって必要である。」とある種、スローガンのようにして知られるこの修正条項は、米国における銃の権利に関する議論の基礎となっている。
制定当時の目的
1791年に権利章典の一部として批准された合衆国憲法修正第2条は、より具体的に、次のように述べている。
「十分に統制された民兵は、自由な国家の安全にとって必要であり、人民が武器を保有し、携帯する権利は、侵してはならない。」
憲法修正第2条が制定されたときの第一の目的は、新しいアメリカ国家が、外部からの侵略と国内の専制の両方から自国を守る手段を確保することであった。
憲法の起草者たちは国を防衛するための民兵の重要性を信じており、ヨーロッパの君主制や潜在的な専制主義を連想させる常備軍を警戒していたと考えられる。
そのためこの憲法修正条項は、市民が民兵に参加し、武器を持つことによって自分自身と国家を防衛する権利を保証することを意図していた。
修正第2条の現在の解釈
修正第2条の解釈は発展し、激しい議論と法的精査の対象となってきた。
中心的な問題は個人が武器を持つ権利と、公共の安全のためにその権利を規制する政府の能力とのバランスだ。
ここ数十年では、憲法修正第2条が、自衛を含む個人的な使用のために銃器を所有する個人の権利を保護するものなのか、それとも主に民兵組織における集団的な兵役に関わるものなのかが議論の焦点となっている。
この議論は、2008年に最高裁が下した「コロンビア特別区対ヘラー事件」によって大きな影響を受けた。
同裁判所は、憲法修正第2条は、民兵組織における兵役とは無関係に、家庭内での自衛など合法的な目的のために個人が銃器を所持する権利を保護するという判決を下したのである。
この画期的な判決は個人の銃の権利を支持する方向へ修正第2条の解釈が変化したことを示すものだ。
反対する意見も多いとはいえ米国における銃規制と権利に関するその後の法廷闘争や議論にかなりの影響を与えている。
全米銃器法(1934年)、銃規制法(1968年)、銃器保持者保護法(1986年)
全米銃器法は最初の主要な連邦銃器法で、マシンガンのような完全自動銃器の製造、販売、所持を規制した。
1968年の銃規制法は、銃器産業の免許と規制を拡大し、特定のカテゴリーの個人が銃器を所有することを禁止した。
これらの銃規制法は、ジョン・F・ケネディ大統領、マーティン・ルーサー・キングJr.、そしてケネディ大統領の弟であった司法長官ロバート・F・ケネディの暗殺に対応するためでもあった。
他には銃器の国家間取引を抑制することも目的としていた。
1986年の銃器所持者保護法は、銃規制法をさらに改正し、この法律の施行後(つまり1986年以降)に製造されたマシンガンの所持を禁止するなどの条項を盛り込んだ。
銃のない学校区域法(1990年)
この法律は無許可の個人が、スクールゾーンであることを知りながら、またはスクールゾーンであると信じるに足る合理的な理由がある場所において、故意に銃器を所持することを禁止するものである。
ただし州発行の武器携帯許可証を持つ個人は免除されるよう法律が改正された。
アメリカ合衆国対ロペスのケース(1995年)において、最高裁判所は当初の「銃のない学校区域法」は通商を規制する連邦議会の憲法上の権限を超えるとの判決を下した。
これにより1996年に同法は改正され、上記の州から免許を受けた個人に関する条項が盛り込まれた。

ブレイディ拳銃暴力防止法(1993年)
ブレイディ法。1993年に署名されたこの5年の時限立法の法律は、1998年にNICS(全米即時犯罪経歴調査システム)が導入されるまで、米国内の銃器購入者の身元調査を連邦政府に義務づけ、購入に5日間の待機期間を課した。
ただ、ブレイディ法は5年延長されたが共和党ブッシュ政権となり再延長がなされず10年で失効した。
ちなみに法律の名称はロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件で撃たれた大統領補佐官のジェームズ・ブレイディにちなんで命名されている。
また、かつてブレイディ法はプリンツ対アメリカ合衆国裁判(1997年)で争われたことがある。
最高裁はこの裁判で地元の法執行官に身元調査を義務付ける暫定規定は違憲であると判断した。
しかし、この判決は身元調査制度自体については影響を与えない、という結果となった。
ブレイディ法のメリット
身元調査を義務付けることで、重罪犯、逃亡犯、家庭内暴力や重度の精神病の既往歴のある者など、銃器の所有が法的に禁止されている人物に銃器が販売されるのを防ぐことを目的としていて一定の効果はあげているといえる。
また、犯罪に使われた銃器を追跡し、既存の銃刀法をより効果的に執行するための法執行努力を支援する。
ブレイディ法の欠点
記載の不備などの法の実施自体に課題がある。
ブレディ法は銃の購入に制限を課すことにより、個人の武器を持つ憲法修正第2条の権利を侵害するという意見もある。
この法律は、個人売買やガンショーなど、あらゆる種類の銃器販売を対象としておらず、いわゆる「ガンショーの抜け穴」と呼ばれる事態を引き起こしている。
このため銃暴力の防止における同法の全体的な効果に懸念が持たれている。
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アサルトウェポン規制法(1994年~2004年)
1994年のアサルトウェポン規制法、これは暴力犯罪取締法(Violent Crime Control and Law Enforcement Act of 1994)の一部で、アサルト・ウェポンと定義された特定の半自動式ライフル、および「大容量」と定義された特定の弾倉の民間使用を目的とした製造、また流通などについても禁止したものだ。
この法律は10年間の期限のついた立法がクリントン政権時に成功したのだが予定通り2004年に失効した。失効の理由はもちろん連邦議会による再承認の試みが功を奏さずに必要な支持を得られなかったためだ。最終的には法案は再承認を求める投票で少数派となり、52票しか得られなかった。
既存の流通したアサルトウェポンには影響を与えないなど、法律の実効性について議論になった面もあった。
ただ、2004年にこのアサルトウェポン規制法が失効して以来、2012年のサンディフック小学校銃乱射事件や2017年のラスベガス銃乱射事件などのアサルトウェポンが関与した銃乱射事件が起きることとなる。そうして禁止令の復活を求める声が何度も上がっているのも事実である。
ちなみにそもそも歴史を振り返れば、この法律自体が1989年のストックトン小学校射撃事件や1991年のルビス・カフェテリア射撃事件が背景にあるものだ。
個人的にはまるで金融規制が大恐慌のあとに出来たのに再度緩められてまたリーマンショックという大恐慌を起こしてしまったような、デジャブのような法執行が行われているのはなんなんだろう、と思うところでは正直ある。
アサルトウェポン禁止法の施行当初の評価についても遡ると、アサルト・ウェポンの使用は珍しく全体的な銃犯罪率や殺人率への影響も不明確といわれていた。が、銃乱射、いわゆるマスシューティング事件の死亡者数がこの法律の施行期間中に30%減少したとの見解もあるのだ。規制をしないよりは規制をした方がそれは減ると思うのだが。
まとめ
以上のように、憲法修正第2条の権利、そして公共の安全への懸念、この2つのバランスをどのようにとるのがベストなのか、法的な課題と悲しいことに定期的に起きるアメリカの銃による大事件が議論をあおり続けている形である。
中立的な立場から意見を言えば、やはり修正第二条はアメリカ人の権利なのである。
しかし現状毎年何件もの大量殺人事件と数えきれない殺人事件が起きているのは事実であり誰もが懸念しているポイントだ。
銃に直接的な規制が必要というのは常に議論があるところだが、銃犯罪を減らすための多方面からの改革は必要なはずだ。
例えばだが警備システムの改善や警官の配置を工夫したり、教育や福祉から事件の起きずらい建築まで広範囲に考えられる。
そして次の犠牲が起きないように、迅速かつ徹底的な議論と対策の実行が必要なのは銃規制の賛成派反対派の双方が合意するところではないだろうか。
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