韓国戒厳令の歴史 一回目じゃなく何度も戒厳令は行われてきた
12月3日に急に起きた戒厳令。
韓国における戒厳令は、国家の危機的状況で発令される非常措置として何度か重要な役割を果たしてきました。それでも驚いた人は多いはず。
それもそのはずで今回2024年12月3日に尹錫悦大統領が発令した非常戒厳は、なんと44年ぶりの出来事であるからだ。
朝鮮戦争にあの光州事件も
歴史を遡ると
- 1948年: チェジュ島4・3事件 これはあまり日本では知られていないが、日本からの独立時には30万ほどいたチェジュ島の人口がなんと10分の1の3万人にまで減った大事件だ。多くは逃亡したが3万人から6万人もの島民が大虐殺された。
- 1950年: 朝鮮戦争勃発時。
- 1972年: 朴正熙(パクチョンヒ、少し前の大統領のパククネは彼の娘である)政権によるクーデタ後、維新憲法が制定され戒厳令が発令された。この戒厳令は、反共主義を強化し、政治活動を制限するためという目的だ。
- 1980年: 映画で近年また有名になっている光州事件。全斗煥政権が戒厳令を発令。5月17日に全国に非常戒厳が布告されて市民や学生の抗議活動を軍隊で弾圧。この事件は200人近い市民が犠牲になり、その後の民主化運動の引き金となった。.
このように歴史的には何度も発令されている。
特に1980年の光州事件は戒厳令が民主化運動を弾圧する手段として用いられ、多くの市民が犠牲となった。そして同時に韓国の政治システムの転換点でもある。この事件は戒厳令がどのようにして市民の権利を制限し、政府の権力を強化するために利用されるかを示す重要な事例といえる。
戒厳令はそもそも憲法で定められていて大統領の権限に基づき発令される合法的な手段ともいえるが扱い方には言わずもがな要注意ということだ。政府は反対勢力を抑圧し、国民の自由を制限することが可能となる。戒厳令一般に言えることだが、発令は戦争や内乱など緊急時に適切に用いれば国家の安定を図る可能性がある一方で、独裁などの民主主義の発展に対する大きな障害ともなる制度だ。
と、こんな具合で光州事件後に民主化されてからの発令は初であり、先進国クラブであるOECDの他の民主国家でも戒厳令は相当珍しい事件といえる。これは別に韓国が遅れていると言いたいわけではなく、大統領は急になぜこんなことを?というのが個人的感想でもある。
戒厳令の理由とは
単刀直入に結論から。
韓国の尹錫悦大統領の述べた理由は、
野党との対立が激化し、国政がまひ状態にあると判断し、非常戒厳令を宣布した。
というものだ。
彼は、野党の行動が国家に対する明白な反乱である、とし国家の安全と憲政秩序を守るための措置としてこの決定を下した。
以上が今回の戒厳令の理由である。
戒厳令の流れ、ライブを見ての感想
そしてニュースの顛末を見れば御存知の通り、この戒厳令は国会に報告され議会の過半数の賛成があれば解除されることが定められているので、実際にかなりの多数で、砕けた言い方をすればかなり速攻で、解除された。
既に述べたように今回の戒厳令は1980年の全斗煥大統領以来の発令だが、戒厳令の発令直後は、国防省は全軍の指揮官会議を開催し、戒厳体制の強化を指示をした。これにより、国家の安全を確保するための準備が進められた。こういってはなんだが国防省も軍人たちもびっくりしたんじゃないだろうか。
12月3日夜、youtubeではアメリカのCNBCや韓国のKBSがLIVEモードで配信を行っていた。KBSに至っては、(普段見ないので普段からかはわからないが)なんと同時に8つものLIVE配信をしていた。(比べてもなんの意味もないが日本の地上波より多いw)
国会前に群衆や装備を付けた軍人たちが最初は押し合い、一時はちょっとしたもみ合いにもなっていた。しかし様子を見ていると、軍人たちも押されたら押し返すが、どこか平和に民衆をなだめながら押し合っているという光景だった。
政情不安の国ではもっとこういうときは軍人側が突き飛ばしたり、更にひどいものだと同じ国の国民を蹴ったり、銃で殴ったりというのもあるが、軍人側としても同じ民主的な感覚を持つ市民となっていて、任務で呼ばれているけれど温和にすませたいと思っていた人たちが多かったんじゃないだろうか。言葉はわからないが押されて押し返す軍人側の動きは、やめろ!!というものより、やめて、やめて、といった感じだった。
もっといえば、本当に個人的な感想なのだが、野党や韓国国民や世界中の人と同じで「なんで?」「急にどうした?」と思っていたんじゃないだろうか。笑
戒厳令の根拠 大統領の権限
戒厳令の根拠の憲法77条とは?
戒厳令というのはどこの国にも大抵あるが、一般に国家が直面する非常事態において、憲法や法律の効力を一時的に停止して行政と司法の機能を軍隊の統制下に置く制度だ。
韓国では憲法第77条に基づき、戦争や大規模災害などの際を想定して発令される制度として定められている。具体的にはこんな条文が戒厳令の根拠となる。
第77条
- 大統領は、戦時・事変又はこれに準ずる国家非常事態において、兵力を以つて軍事上の必要に応じ、又は公共の安寧秩序を維持する必要があるときは、法律の定めるところに依り、戒厳を宣布することができる。
- 戒厳は、非常戒厳及び警備戒厳とする。
- 非常戒厳が宣布されたときは、法律が定めるところに依り令状制度、言論・出版・集会・結社の自由、政府又は裁判所の権限に関して、特別の措置を取ることができる。
- 戒厳を宣布したときは、大統領は、遅滞なく国会に通告しなければならない。
- 国会が在籍議員過半数の賛成に依り戒厳の解除を要求したときは、大統領は、これを解除しなければならない。
これに従って今回の事件を見ていきたい。
まず、1。戦時でもなんでもない、野党が武装でもしていたらわかるが、ほとんど大統領権限の濫用なのではとは誰もが思うところではないだろうか?
次に4。最大野党「共に民主党」が主導し遅滞なく国会に進んだ。
5。過半数を満たす賛成で解除。
憲法を見ていたはずが簡単なレシピのようにテンポよく進み一日どころか数時間で終わった。早寝の人だったら寝始めた辺りで戒厳令が発表され、次の日の朝食時にはそれが解除されているようなスピード感だ。
浮かぶ2つの疑問点 絶対的な無理筋
とにかく今回の戒厳令は冒頭述べた歴史上の戒厳令と比べると二重に意味がわからないのである。
もちろん一つは議会運営で野党に対して起こしたという意味不明な理由。
もう一つは何か。
戒厳令を実施する決定をしたことだ。
どういうことかというと、議会運営で困ったから戒厳令を行ったというのがおかしいのだ。これは何か頭のおかしな構文ということではない。
上記の憲法上、戒厳令は議会で撤回できるのだから、行う前に少しでも考えれば議会運営がうまくいっていないのならば戒厳令という手段をとっても撤回されるのは当たり前だ。
軍事独裁でも考えていない限りは戒厳令を行うという行動自体がその目的と思い切り「矛盾」だということである。
民衆の力で早期解決?
とにもかくにも、よく言えば韓国は憲法がしっかり守られる民主主義国だったといえるだろう。
一部日本のメディアではこういうときでも日本をなぜかいちいち比較に出し、民主主義が日本より強い!韓国の民主主義が勝利だ!市民の力で撤回!などとなぜか自分の手柄のように声高に言う人もいつも通りいる。
が、無論そういう意味でのことではない。
今回の過程はそうした市井の民主主義は街で見られたが、ほとんど過程には関係はなく、議会の多数決で粛々と否決され、法に則りスムーズに撤回されたのが実情である。国政運営が民主主義的にスムーズだったのだ。
むしろ戒厳令が敷かれた当初は、大統領側が与党なり軍隊に根回しがあるものかと思いきや,,特にそれはなかったのが大統領側の視点にたてば不思議なほどである。論理的に考えるならば、もしかしたら当初、韓国の大統領はより多く与党側に賛成派がいると思っていたのかもしれない。
また、逆にそうした難癖を日本に付けてくるメディアに同様程度に逆に難癖をつけてあげるならば、拳銃でもなくライフル武装の兵士や戦車までもがデモの市民から守るため動いたという事実もある。
民衆と軍隊側がお互い比較的平和に動いたからいいものの、重火器を同じ国民の対民衆対野党相手にそもそも持ち出すというのは、それほど彼ら一部メディアにとっては民主的で羨ましいことなのだろうか?
民衆の行動に意味がないわけでは勿論ない。繰り返しになるが今回高速で解決した理由は、国会議員たち、特に野党の行動が迅速で早かった、これに尽きるだろう。
日本より市民がなんたらでデモで民主主義がなんたら、そういうことでスピード解決したというのは、大々的に言うにはあまりに因果関係は薄弱である。といっても論理はどうでもよく、何か比べて日本が悪いと彼らは言いたいだけなのだろうが。
戒厳令解除とその後
翌日の4日午前4時半頃には大統領もこの戒厳令を解除することを表明し平和的に終わる。
最後にこの解除の背景として要因を整理しておきたい。
政治的圧力: 戒厳令発表後から韓国国会では雇うだけでなく与党からも反発があった。つまり上記既に述べたように最大野党「共に民主党」、与党「国民の力」から戒厳令の撤回を求める声がすぐに上がった。そうして国会で出席議員の190人が解除に全員賛成する票を投じた。このような議会での早急な決定がもちろん主要因である。
国民の反発: 戒厳令発表後、ソウルでは主に野党の呼びかけによって大規模な抗議活動が行われた。なかには「尹大統領を逮捕せよ」といった声も上がったほどだ。このような市民の動きも政権にとってある程度無視できない要素だった可能性がある。
LIVEを見ていた人ならわかると思うが夜遅くといえ、なかなかのスピード感でかなりの市民が集まり、普段どこに保管していたのと思うほどの大きな旗などを沢山持ち出し押し寄せていた。
国際的な懸念: アメリカやイギリスなど国際社会からも韓国政府の動きに対する懸念が示された。国際社会からの圧力も多少影響したかもしれない。特にアメリカは深刻な懸念を持って注視と述べており韓国政府との連絡を強化していることが報じられていた。
とにかく、なんというか、まとめるならば、大統領の決定がとにかく無理筋なのである。
法的には、憲法を読めば戒厳令を発動する理由もそこにはなく、実行力としても、特に議員や国民の間で要望があったわけでもなく、だからといって軍部を掌握するといった過激なこともなかったので、
自然に終わったという形だろう。
私達日本人はもちろん、韓国人たちも、何かのドッキリを見ているような感覚だったんじゃないだろうか。。





